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T はじめに これからの教育のあり方として,『生きる力』の育成が求められている。 青少年期は心身の発達が著しく,食習慣が形成される重要な時期である。この時期において,食生活の大切さを実感し,栄養バランスのとれた日常食を整える能力を養うことは,人間が生涯たくましい心と身体で生きていく上で不可欠なことであり,『生きる力』の根源になるものと考える。
食物領域では「日常食の調理を通して,栄養及び食品の性質と選択について理解させ,青少年にふさわしい食事を計画的に整える能力を養う」ことを目指している。一人一人の生徒が,将来,食生活において「自立」できるための基礎を育てていくことは大切である。それはただ単に料理を作ることができるだけでなく,どんな食品を選びどんな食べ方をするのかなどを自分で判断して決定していく力でもある。そして,その時の判断材料としては,「おいしさ」という嗜好だけでなく,栄養や安全性などの総合的思考が必要となる。 また,その意志決定の基準には,「自分さえ良ければいい」という狭い視野でなく「共生」というよりグローバルな視点が求められる。食生活を通して家族との人間的な関わりを深めることは,他人を思いやり,他者と協調していく豊かな心を育むことにつながっていく。また,よりよい消費者として環境にも目を向けることが求められている。
以上の「自立」と「共生」の能力を『生きる力』の根底に据えながら,食物領域を考えていきたい。 現在の日本は,科学技術の進歩や経済発展の中で「飽食の時代」と言われて久しく,市場には,国内外から集まった生鮮食品や加工食品が豊富に並べられている。一方,レストラン,ファーストフード等の外食産業の発展やコンビニエンスストアの進出など,食環境は多様化を極め,誰でもいつでも手軽に食物を手に入れることが可能である。(資料集参照)
それにもかかわらず,糖分の摂りすぎによる子供の成人病やダイエットのし過ぎによる若年女子の栄養失調の増加など,バランスの崩れた食生活に起因する様々な問題点が指摘されている。
そこで本研究では,生徒が自分の食生活の実態を見つめる中から課題を見い出し,その課題解決の方法を探り主体的に解決していく能力と,その学習過程を通して学んだことを学校生活や家庭生活の中で進んで実践しようとする態度を育てることを目指した。
U 研究のねらい
1 生徒一人一人が自らの学習課題を見つけ, その課題解決に意欲的に向かう授業展開を通 した学習材の工夫
2 主体的学びを育てるための食物領域全体の 指導計画の工夫
3 生徒が主体的に課題解決を図るための教師 の指導支援の工夫
V 研究の内容と方法
1.生徒の実態調査
学習に入る前に,研究部員の所属する学校で食生活についてのアンケートを実施した。 (詳細は資料集参照)
データは,教師が生徒の実態把握として活用するだけでなく,生徒自身が自分たちの生活の実態を考える「学習材」として活用を図った。2.指導計画の作成 (1)指導目標と授業時間配分
指導目標と授業時間配分においては,平成 9年4月に改訂された「札幌市中学校 教育 課程・年間指導計画基底」に準拠し考えた。
(2)学習課題 できるだけ自分たちの食生活の実態から課 題に気付かせるよう心がけた。
(3)学習材 「学習材」を授業の展開の中でどう位置づ けていくのかについて授業実践を通して検討 をした。
(4)学習の形態
課題解決的な学習や,体験的な授業を進め るための有効な学習方法の工夫をした。
@ 調理実験
栄養素の検出実験や小麦粉のグルテンの実 験など実際に生徒が実物に触れてみる,試し てみる,予想して確かめてみる,試行錯誤し てみるという場面を設定。理論学習を深め, さらに次の実習への意欲,家庭での応用へと つなげる効果をねらった。 A ロールプレイング,ディベート等 生徒同士が協力して問題解決を図ったり, 話し合いを通じて「考える力」を養い,互い に学び合う心や自分と異なる考え方に気付い て他者と協力して問題解決を図る方法として 取り入れてみた。
(5)評価
観点別評価規準は,平成9年4月に改訂さ れた「札幌市中学校 教育課程・年間指導計 画基底」に準拠しつつ,本研究として独自に 指導項目ごとに設定した。(資料集参照) 特に,自己評価,グループ評価については, ワークシートを活用し,自らの学びの確認を したり,仲間同士で互いを認め合うことがで きるように工夫した。
W 実践 1.生徒の実態調査
(1)食生活に関するアンケートの集計結果
札幌市内6校の中学2年生 727人を対 象に行った。
(詳細は資料集参照)
@ 朝食は毎日きちんととっていますか。
ア はい
イ 週1,2回抜く
ウ 週3,4回抜く
エ 週5,6回抜く
オ 食べない
A 食事を摂る時に太ることを気にしていま
すか。
ア 気にして食事を
抜くことがある
イ 気にはするが
食べる
ウ 全く気にしない
B 三度の食事以外にどのような食物を食べ ていますか。この一週間を思い出して書い てみて下さい。
C 家族の一員として食事の準備や後かたづ
けをしていますか。
ア はい
イ 時々する
ウ しない
D 食事の支度をする人がいない時は,どう していますか。
ア 自分で作る
イ コンビニエンス
ストアなどで買う
ウ 家にあるものです
ます
エ その他
(2)アンケート結果からの考察
朝食については,約2割の生徒が食べずに 登校していることがわかる。これは厚生省「平 成7年度版 国民栄養の現状」)の13.6 %を上回っている。理由は寝坊が多い。
太ることを気にしているのは,女子に多く, ごく少数ではあるが,ダイエットをしている 生徒もいる。
間食については,菓子類と清涼飲料水を週 に2,3回摂取している例が多く,摂取量で は個人差が大きい。
食事に関する家事への日常的な参加は3割 で,食事の支度をする人がいない時に自分で 作っている数値とほぼ一致している。
2.主体的学びを育てるための指導計画(例)
(指導案,ワークシートなどの具体的な実践内容については資料集参照)
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3.ディベートを取り入れた授業実践
(1)題材 「食生活を見直そう」 (2)題材設定の理由 食物学習に入る前に行った「食生活に関す るアンケート」における「食事を摂る時に太 ることを気にしていますか。」という設問に 対して,本校の2学年全体では以下のような 結果が得られた。
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中学2年生の始めの時期での調査のため,
実際にダイエットを実行している生徒はごく
わずかであった。
しかし,ダイエットに全く関心のなかった 生徒にとっては,身近にそのような人がいる だけでも驚きであった。また,ダイエットに 関心をもっていたり,ダイエット容認の考え をもつ生徒も少なからず見られ,ほとんどの
生徒が雑誌やテレビなどでダイエットに関す る報道を目にしていた。
そこで,この自分たちのアンケート結果を 学習材として,「ダイエットは必要?」とい
うテーマでディべートを行った。
ディベートを通して,生徒がこれまでの食 物学習で学んできた事柄を確かめ,発表し, さらに深めることをねらいとした。また,賛 成,反対双方の考えを知ることによって柔軟 な心を育てていくことを目指した。
(3) 学習の全体計画 これまでの食物での学習がより生かされる ように,本時は全体35時間の学習計画のう ちの34時間目に位置づけた。
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(4) 本時の展開
@ 目標 ・ ディベートを通して,自分の考えを積極的に発表することができる。 ・ 栄養のバランスと健康の関係を考えながら,食生活を見直すことができる。
A 展開
学習の流れ | 予想される生徒の活動 | 教師の指導と支援 | 留意点 | ||||
導 入 | ・本時は食生活を見直すことついて考えることを 知る 。 | ・本時の学習内容を確認する。 ・アンケート結果を提示する。 ダイエットについて投げかける。 | アンケート | ||||
学習課題 : ダ イ エ ッ ト は 必 要 ? | |||||||
展 開 | ワークシー ト ・賛成者用 ・反対者用 ・判定者用 タイマー 残り時間を 示すカード | ||||||
| ・ダイエットについての自分の意見をもつ。 ・ディベートの方法を理解する。 ・自分の座席に移動する。 ・ディベートを行う。 立論 各々 2分 作戦タイム 3分 論戦 各々 3分 作戦タイム 3分 最終結論 各々 2分 判定 ・ディベートの結果をまとめる。 良かった意見などを再確認する。 | ・ワークシートを配布する。 ダイエットについてどう思うか質問する ・ディベートの方法を説明する。 ・始めの意見を基に賛成派,反対派,判定 者に分かれることを伝える。 ・ディベートの座席を確認する。 | ||||||
・発言が活発でない場合は,意図的に 極端な意見の例を述べてみる。 ・議論がエスカレートした時は,あま り勝敗にこだわらせないように助言 する。 ・論点から外れそうになった生徒の意 見を立て直したり,うまく発言でき ない生徒の意見を代弁するなどの支 援をする。 | |||||||
| ・ディベートについて講評する。 | |||||||
ま と め | ・ダイエットについての自分の意見をまとめる。 ・自分の食生活について振り返る。 ・授業の感想などをワークシートにまとめる。 | ・ダイエットについて自分の意見をまとめ るよう促す。 ・栄養バランスや食事のマナーなど,その 他にも食生活で見直したらよいことにつ いてまとめる。 ・この授業で気付いたことや感想をワーク シートで確認する。 | 教科書 | ||||
B 評価 ・ 自分の考えを積極的に発表することができたかは,ディベートへの取組みから評価する。 ・ 食生活を見直すことができたかは,発表や授業への取組み,ワークシートから評価する。
4.授業後の考察 自分たちのアンケート結果から課題を設定し たり,ディベートという学習形態を使うことで 生徒はかなり意欲的に授業に参加していた。 ダイエットへの関心が高い生徒の発言には説 得力があったり,普段の授業ではあまり発言し ない生徒が生き生きと意見を述べていたりする など,生徒の新たな一面を発見することができ た。また,ゲームではあるが,生徒は相手側よ りもいい意見を言おうとチームで協力し,いつ
もの授業以上に,積極的に考える場面が見られ た。
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残り時間を知らせるイエローカード( 2分 前)とレッドカード(1分前),タイマー等の 小道具もディベートの雰囲気を盛り上げる上で
有効であった。
判定者の生徒も,熱心に仲間の発言に耳を傾
けていた。話をただ聞き流すのではなく,双方
の意見を総合的に判断して,自分の判定を決め
るということで意欲的に授業に臨んでいた。
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前時に予告をして事前学習の時間も作っておく
と話し合いの内容もより深まったと思われる。
X まとめと今後の課題
本研究を通して,自分たちの食生活を見つめる
授業を続けてきた結果,生徒はより意欲的に学習に取り組めるようになった。
「ひき肉は給食などでもよく出るけどそれはど
うやったらおいしくできるのかと疑問があったけ
ど今回の実験で疑問が解決してよかった。(略)大人になってもできるので勉強になった。」 「添加物に昆虫が使われていたなんて知りませんでした。(略)今度から,おつかいの時,ちゃんと品質表示を見て買いたいと思います。」「リンゴなどのジャムは意外と簡単にできそうなので,家でもやってみる。」など前向きな感想も多く見られた。このような態度はきっと将来,『生きる力』の基になるであろう。
また,生徒主体の授業展開を工夫することは,ともすれば教える一方になりがちな,我々教師の姿勢を見直すよいきっかけにもなった。
生徒一人一人の価値観や環境は多様化しているが,授業を通して学んだ事を生活で実践していく力まで高められるように,今後も研究を積み上げていきたい。 さらに食物領域は,食を通して環境や消費者,人間尊重や豊かな心など他教科とのクロスカリキュラムも含めた横断的,総合的な学びが可能であり,このような学習方法も『生きる力』の育成につながっていくと思われる。具体的な取り組みはこれからの課題として研究を進めたい。