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T はじめに
「栽培」は,人間が自然との調和を図りながら自然に働きかけ,自然の恵みを受ける営みであり,人間生活の基盤をなすものである。
しかし,都市化の進む本市では,子供たちが作物を根気よく世話したり,愛情を持って作物に接する経験が少ない。また,近年,本教科の「栽培」領域を履修する学校は,年々少なくなってきている。
それだけに,「栽培」領域の学習を通して,生徒に,作物を育てることの喜び,楽しさを体験させ,「愛着」「熱意」「感動」の「心」(豊かな心・生きる力)を培い,これからの社会において,自らの力で解決していかなければならない様々な問題と直面したときにも,「栽培」領域の学習で培われた「心」(豊かな心・生きる力)をもとに,学習した知識や技術を工夫してその解決方法を取捨選択し,実践できる力を身に付けさせたいと考えている。
U 研究のねらい
本市の「栽培」領域の履修状況は,平成7年度15校,8年度16校,9年度10校,10年度11校(選択教科を除く,全99校)である。前述のような「栽培」領域の学習の大きな意義を考えると,このような本市の履修状況は,残念な実態である。しかし,「栽培」領域の履修学校数の低下には,本市の地域的な状況,施設設備や指導計画等に様々な隘路が要因としてあることが予想される。
そこで,本研究では,生徒や技術・家庭科担当教諭へのアンケート調査等をもとに,「栽培」に関する意識や領域の学習の実態を把握し,その上で,どの学校でも比較的簡単に取り組める「学習材」の視点を踏まえた「栽培」学習の在り方について提言し,今後,より多くの学校での「栽培」学習が実践されていくことを願うものである。
V 研究の内容と方法及び分析
1.札幌市の地域・学校及び生徒の実態
札幌市は,人口増加により今や180万を擁する我が国5番目の大都市となった。しかし,このような急激な都市化は,時として人間関係の複雑化や連帯意識の希薄化といった問題も生じさせている。
本市の中学校は,現在99校(分校2校を含む)が設置されているが,急激な都市化に伴い新興住宅地を抱える大規模校,ドーナツ化現象よって生徒数が減少する都心部の学校,自然環境に恵まれた特認校など,それぞれのおかれている環境はますます多様になってきている。
栽培学習が可能な温室を設置している学校は,約3分の2程度あると聞いている。
家庭の状況は,地下鉄の拡充や道路の整備,建物の高層化や住宅開発等による生活環境の大きな変化が顕著である。保護者や地域住民の教育に対する関心は高く,学校に対して協力的であり,期待も大きい。
生徒は,学習に取り組む態度は一般的にまじめで素直であるが,意欲や積極性,自主性にやや欠ける面があり,「知識理解」だけでなく,「思考力」「判断力」や「表現力」等の資質や能力のなお一層の育成が望まれている。行動面では,全体として明るく素直でのびのびしているが,主体性やたくましさについては,なお一層の育成が望まれている。
(平成9年度教育課程・年間指導計画基底より)
2.アンケート調査結果から
昨年度の3学期に全市の技術科担当教諭と任意に抽出した中学3年生約300名を対象に,アンケート調査を実施した。
a 生徒用アンケートより
【栽培経験】
全体の6割の家庭で何らかの栽培が行われて いると答えている。その内訳はトマト,キュウ リ,豆類などの食用のもの,アサガオなどの花 類があげられている。それらは,自宅の庭を利 用した家庭菜園やベランダ,窓際などのプラン ターや鉢植え栽培などの小規模のものが多い。
管理などを手伝ったことがあると答えた生徒は6割であるが,手伝った作業内容はかん水がほとんどで,草取りがその次にあげられている。 小学校の低学年時にアサガオ・ヒマワリなどの草花の栽培と観察がほとんどの生徒が経験しているが,やはりかん水程度の経験に過ぎず,農薬・肥料・培養土に関する知識や作業体験は皆無といってよい。
【栽培知識】
野菜や草花が年中店先にあるという環境調節 栽培についての質問に対して,社会科の授業で のビニールハウスによる促成栽培程度の知識は 持っているが,電照・しゃ光・低温処理などに よる開花時期の変更やわい化剤などによる背丈 の調節などの知識は持ち合わせていない。
【興味・関心】
「あなたは野菜や草花を栽培したいと思った ことがありますか」という質問に対して「ある」 30%,「少しある」30%,「全然ない」40%と いう数字になっており,ある・少しあるを合わ せると6割強の生徒が栽培に対して「やってみ たい」という興味・関心を持っている。
栽培してみたいものは,きれいな花か食べられるメロン・スイカ等に特に関心がある。
また,「草花を育てることは生活にとって必要なことか」という質問に対して8割近くが必要性があると答えている。特に栽培学習を行った後での比率が高い結果がでている。
b 教師用アンケートより
【履修学校数】
「栽培」領域を履修している学校,平成7年度 15校,8年度16校,9年度10校,10年 度11校であり,全市99校の1割に満たない。 15年前の全国大会の時点では4割が履修して いたという資料が残っている。
【未履修の理由】
履修していない理由は,領域数の関係で履修できないが7割を占めており,次に実習園がない・温室がない等の施設・設備の関係があげられている。
【履修形態・時数・履修時期】履修の形態は, 男女共学が大方で,男子のみ,女子のみが各1 校ずつであった。時間数は,20〜24時間の 学校が7割,25時間以上3割である。
履修時期は,4月から10月が7割を占め,寒冷地のため露地で植物を栽培できる時期は5月から9月ときわめて短い地域の特性を反映しているものと考えられる。次に年間を通してが2割,5月から7月が1割となっている。
【実習費・題材】実習費については,1300 円が2校,900円が1校,500円が1校, 0円が1校,あとは不明である。
実習題材は,菊(大菊の福助づくり)が3校で,トマト,ピーマン・ナス・カボチャ,ミニトマト,インゲン・トウモロコシ,イチゴ・ミニトマトなども取り上げられている。実習題材を選んだ理由は,一般的であるから,育てやすいから,環境調節ができるからなどがあげられている。
【指導者の意識】栽培を履修した理由のトップ は「栽培教育は大切だから」で,大半を占めて いる。
栽培学習については,「必要だと思っている」との回答が履修をしているしていないに関わらず,8割を占めている。「他の領域のほうが優先される」というのが,1割強で,その他の理由が残りとなる。
また,今までに栽培学習の授業を行ったことはありますかという質問に対して,現在履修していない場合でも,6割以上は,菊・野菜・レタス・ジャガイモ・ミニトマト・トウモロコシ等の栽培授業を経験していると答えている。
c その他
「栽培学習」についてのアンケートでは,指導者としてのこの領域に対する様々な声が寄せられ,本研究の柱である「どの学校でも比較的簡単に取り組める「学習材」の視点を踏まえた「栽培」学習の在り方」を考える上での貴重な示唆を与えてくれた。主な声をまとめてみると以下のようなる。
・人間が生きることのできる根幹であり,食物 の生産を知ることは大切なことである。特に, 都会の子は”土になじむことが少なく,農の仕 事(農業そのもの)を笑う傾向さえある。栽培 は最も重要な分野でなければならない。 ・栽培領域を学習することは,非常に意義のあ ることだと思う。栽培時期などの関係で難しい 部分もあるが,作物を選んで栽培すれば可能で あると思う。また,食物との関連をもたせ,栽 培で穫れたもので食物の実習を行えば,より学 習効果が高くなると思う。
・領域としてなくさないでほしい。多方面に教 育的効果があると思われる。他領域(家庭生活 や食物等)との関連,環境教育にもつながる。 ・栽培技術・設備・生徒の興味関心など,それ ぞれ困難な面が多いが日々の生長を見つめるこ とができるいい領域である。
・以前,栽培を指導している時,生徒も自分の 菊やレタスを本当に心配しながら生長を楽しみ に授業を受けており,「生命」を大切にする心 もめばえていたように感じ,よい領域だと思う。 しかし,今日,新領域の「情報基礎」が入っ た上に,3年次が週1時間カットの2時間にな り,履修は困難になってしまった。
・現在のように時間数が減少し,施設・設備面 で課題のある栽培は,履修しにくくなっている。 心を育てるためには大切と思っているが,残 念である。
・実習中心で行っているが,実験も取り入れら れたらと思う。栽培領域は生命の大切さを学ば せる上でも重要だと思います。あとは地域の特 性を生かした作物を選択すると良いと思う。
・本校の学習形態は,一人一鉢による個別学習 (家庭にて生育させる)を実施(個々の環境に より,鉢・プランター・畑など)し,生育記録 とレポートを提出させた。予備の苗を本校温室 にて,生育観察させる(希望者による)。温室 で収穫したミニトマト,イチゴ青じそなどは賞 味し,市販されているもの,自分の家で育てて いるものとの比較(味・形・色など)している。 ・北海道で栽培するのに適当な実習材を広く資 料(実践資料集)にして配布して欲しい。
・北海道によく合う実習題材がわからないし, 教科書も関東の場合しか載っていない。本校の ように29学級ともなると施設も足りないので やってみようかという気になれない。やり出す と面白いと思うのだが。
・北海道では,冬が長いので,栽培を履修する には題材の選択なども難しいので,そこも問題 点だと思う。
・将来的には,北海道の風土に合った栽培を行 ってみたいと考えています。
・実習園があれば 履修したいと考えている。 苦労して作ったとしても,転勤があるので行う には,相当の決意が必要だと思う。
・重要性は感じるが,評価に入れることは難し い。ほっておいても良い物ができることもある し,手をかけてもうまく育たないものもある。 作品の出来で評価できないので,子どもの取り 組みが難しい。
・貴重な領域だと思います。しかし,設備等の 影響も大きく,管理の手間等も大変です。私自 身は10年ほど続けてきたが,教科経営上,前 期後期制にしたためと,ハウスを設置するスペ ースがとれず,現在はあきらめている。
・施設・設備が整っていないことと,本校で過 去に履修させたこともなく,教材・教具もない ので,現時点では履修にふみきれない実状。
・前任校では,施設(ガラスの温室)があった ので,イチゴ・菊・ミニトマトを3年で学習し た。1人が1つ育て,生き物を大切にする姿は 見ていて気持ちが良かった。
・持ち学級等との関係で,家庭科の先生に指導 をお願いしなければならないこともあり,領域 選択としてなかなかとれないでいる。温室がで きたので来年度は何かできるかもしれない。 ・栽培学習を実施する時,夏休み中の管理が大 変である。鉢植えの時には持ち帰りも考えられ るが個人の管理に差が大きく出過ぎる。また, 場所的にも難しい問題があり,他の生徒による イタズラ等苦労する事が多い。
3.「栽培」領域の在り方についての提言
〜「菊づくり」を通して〜
前述のアンケート調査等から,生徒自身がこの「栽培」学習に対して大きな興味関心を示しており,指導者も領域の重要性・意義を強く認識していることがわかった。しかし,学校の施設設備,管理,実習題材,カリキュラム,評価等の様々な隘路があることも浮き彫りにされた。
そこで,どの学校でも簡単に取り組め,しかも指導目標が適切に達成できる「栽培」領域の学習の在り方について,「学習材」としての視点から「菊づくり」の学習を進めることを通して実践研究を行い考察することとした。
学習材を用いた課題(問題)解決的な学習は,教師の適切な支援のもとに教科の特性を生かした生徒自らの「体験的な学習」によって「考える力と学びへの心」を育てることをねらいとしている。
菊は日々生長し変化する植物体である。生徒が,根や葉,茎の観察から課題を見つけだし,自分の力で解決する。これは,生徒にとって,不安・困惑であり,驚き・喜びである。この豊かな情意的活動をもたらす菊そのものが,まず学習材であると言えるのではないだろうか。
そして,単なる菊作りで終わらせずに,生活を見つめ豊かにしていくため,他の作り方や他の作物などへと発展させていくためには,授業のなかで課題解決の喜びや植物に対する愛情を培うことが基盤であり,この豊かな情意的活動(心)こそ,今求められている「生きる力」にもつながり,本教科でねらう実践的な態度を育てる目標にも迫れるものと考える。
【具体的な授業実践から】
◎学習カード
「菊」の栽培学習は,命(生長)を維持・充 実させるために,常に適切な手だてが必要とさ れ,刻々と変化する菊がその都度もたらす課題 を的確に把握し,解決方法を考え,具体的な解 決行動を実践することが必要である。そのため, 本研究では,生徒は,学習過程をカード形式(観 察記録カード)にまとめ,学習課題の把握→解 決の見通し(解決方法の予想・情報収集・内容 分析・試行と考察など)→本体験(課題解決) →記録のまとめ(反省)というサイクルで学習 を進めることとした。
◎課題の把握(評価)
「菊」の生長そのものが学習課題を提示していると考え,観察スケッチはなるべく詳しく葉の数・大きさ・色・葉の筋の本数まで数えて記入することとした。この詳しい観察が,その時々の菊の生長に必要な学習課題を把握する上で欠くことのできない取組である。また,この詳細な観察は,菊に対する愛情につながり,領域全体を通した学習意欲の継続の要素となるものと考えた。
また,栽培の学習は,評価の難しい面が前述のアンケートでも出されていたが,この実践では,どれだけ正確にスケッチや観察できたかも評価の資料とすることとした。
◎課題解決への努力・課題解決
菊作りは「生きもの」の世話である。生長には,管理作業の善し悪しが大きく影響する。観察によって把握された具体的な学習課題を解決するため,水やり,支柱立て,追肥,薬剤散布などの課題解決行動を選択,判断,実践するため,班単位での「話し合い・検討」を可能な限り位置付けることとした。しかし,具体的な作業は,授業以外に朝や放課後,特に生長の顕著な時期である夏休み中の管理も重要となってくる。これらの「個」の取組が求められる作業も授業で得られた「考える力や心」が基盤となるものと考える。
◎発展
秋菊は,栽培に関する技術的要素がほぼ含まれ,環境調節も容易で,北海道の気候風土にも適している。また,秋菊の福助作り(わい化栽培)では,薬品処理(Bナイン処理)を加味することで,庭のない住宅環境で栽培を楽しめるという特徴があり,バイオテクノロジーに象徴される最近の栽培分野における科学・技術の著しい進歩や環境教育の視点からの学習も,実習体験を通しながら学習することができた。
(指導計画・指導案は次ページ)
W まとめ
今回の研究実践では,具体的な題材に「菊づくり」を試行的に取り上げたが,本当に適切な取組であったか十分な検証を行うまでには至らなかった。授業実践の中でも,鉢を置く施設の問題など環境は工夫によって解決できたが,長い期間の栽培であるため,途中どうしても病害虫に蝕まれたりして断念せざるをえない菊も現れ,各班ごとに準備しておいた予備の鉢を使わざるを得なかった。
今後は,題材についても,「イチゴを栽培しイチゴジャムを作ってみよう」,「メロンを栽培しメロンゼリーを作ってみよう」,「菊を栽培し老人ホームとの交流のきっかけにしてみよう」など,「こんな事をしてはどうかな」といった投げかけを行い,生徒が主体的に題材を選択し取り組めるような方向も研究したいと考えている。また,大学,最寄りの農協,農業改良普及所,農業高校等から専門情報や指導・援助を得るなど地域の教育力の活用についても実践したい課題と考えている。